南海泡沫事件
2026年06月11日 15:19
会計を学ぶ上で有名な事件として「南海泡沫事件(South Sea Bubble)」があります。
事件の概要
1 法人名は「The South Sea Company(日本名:南海会社)」と言い、1711年に英国で設立されました。
2 事業目的は「英国国債引受」と「奴隷貿易」です。「奴隷貿易」は南海会社の独占です。当時、英国が財政危機であったため奴隷貿易で得た
利益で引き受けた英国国債を引き受けさせることが主目的でした。
3 ところが密貿易や海難事故の影響で本来の目的である「奴隷貿易」事業はパッとしませんでした。
4 そこで、1718年「富くじ(日本でいう「宝くじ」)の発行を行い、南海会社は黒字化しました。これを元手に金融業を開始しました。
5 そこで考えたのは、南海会社が政府の借金をさらに引き受けることでした。これで政府の借金は実質ゼロになる。政府は南海会社に引き受けてもらった借金は返す必要はない。というスキームでした。その代わりに政府から新たに肩代わりした借金の5%を毎年政府から金利としてもらう。
同時に現在国にお金を貸している国債保有者に対して、国債と南海株の交換を持ちかけて「国債と株の交換をして国の借金の帳消し」をすれば 南海会社も英国もWin-Winの関係になります。このスキームは南海会社の独占です。
6 ここで問題となるのは英国債と南海会社株式の交換比率です。1対1とすれば良かったかもしれませんが、南海会社があたかも多額の利益が出ているようにして(「利益」を盛っていたのです)いました。当然、南海会社の株式の時価は盛った利益を基に算出されます。
例えば英国債券面200ポンドに対して南海会社株式1枚額面100ポンドと交換すれば差額100ポンドが南海会社の利益となります。
英国債券面200ポンド―南海株式会社株式(1株)100ポンド=100ポンド(利益)
7 更に南海会社株式1枚額面100ポンドを200ポンドで発行する事も出来ます。
8 これで南海会社の株価は高騰しました。このスキームは南海会社しか出来ませんから当然です。
9 南海会社は株価高騰を防ぐため増資しました。
10 ところが南海会社株式1枚額面100ポンドの額面金額を超える300ポンドで公募したりしました。公募に際しては配当率を10%に増加させる
などといった施策も行いました。
11 当然のことながら、南海会社の株価は更に高騰します。
12 こうなると南海会社の株式を担保に融資する者が出てきます。
13 南海会社の株式を担保に更に南海会社の株式を購入するようになります。
14 南海会社の株式の高騰につられて他の会社の株式も高騰するようになります。所謂、「バブル」が発生しました。「バブル」は日本語に訳すと
「泡沫」です。
15 株価高騰は南海会社に限定してその他の会社の株価は高騰しないようにすれば、更に南海会社の株式の時価が上昇すると考えてその他の会社
の業務の見直し(規制:何をしているかその目的がわからない又は怪しい目的の会社設立禁止)を行った。ここで言う「その他の会社」を泡沫会社
と言います。一般で言う「バブル」の語源はここにあります。
16 「泡沫会社」には実態のわからない会社が多かったのでこれらの会社の株価は暴落しました。
17 これと同時に南海会社の実態から判断して株価が高すぎるのでは・・・ と言うことが分かったことから南海会社の株価も暴落しました。
所謂、「バブル崩壊」です。
18 「バブル崩壊」と言っても現在の比ではありません!元々、英国債と南海会社の交換比率を所謂「利益を盛った」事で高騰してしまった
(これにも当然疑惑があります)から始まって、上手く「売り抜けて儲けた者」がいる一方、俗に言う「ババをつかんだ者」も大勢いる訳で英国
は大混乱になりました。特に、南海会社の株式をストックオプションで政府高官に与え、その政府高官が南海株式会社の株を売却(売り抜け)
して利益を得ていました。当然、当時の内閣は総辞職になりました。
19 この事件の反省を基に公正な第3者による監査制度の必要性が求められるようになりました。
日本でも同じことが・・・
現代の日本でも実態のない法人が高額な利益とそれに伴う高配当を謳って株式(通常は未公開株式)を公募する例や金融機関又は取引先から多額の資金を調達しようとする例がみられます。こういった事例には税務申告が必ず関係してきます。こういった法人は高額な利益があるものとして確定申告を行っています。「利益を盛っている」つまり、「粉飾決算」です。
私も過去に「粉飾決算」を行った法人について税務調査を行ったことがあります。その方法については守秘義務がありますので具体的な手口や法人名等は明らかにできませんが、「粉飾決算」を行うことによって経営陣が不当な利益(役員報酬等)を得ている場合があります。例えば、前述のように、粉飾決算を行いそれに伴う高配当を謳って未公開株を公募したり、利益を過大に計上したことにより金融機関から多額の借入を可能にしたり・・・ これによって得た資金から多額の役員報酬を得ている事例が殆どです。こうなると背任罪又は詐欺罪等の「犯罪」となってしまいます。私が税務調査を行ったある法人では「粉飾決算」によって金融機関から多額の借入を行っていました。当然、返済はできません。その法人の代表者は「借り入れた資金が枯渇したら夜逃げをする!」と言っていました。また、別の法人の代表者は粉飾決算を行った末に経営破綻したので破産宣告を受けた後、海外に逃亡していました。
法人税法上の取扱
法人税法ではこのような「粉飾決算」が行われた場合の対処法として法人税法第70条、第129条及び第135条があります。
税務署が進んで粉飾決算の法人に税務調査を行って納め過ぎとなっている税金(法人税等)を返すかというと、そんなことはしません。粉飾決算を行っている法人は「過去の粉飾決算により盛った利益金額」を修正経理により利益剰余金を減少させる方法により(過去の誤謬になります)確定申告を行う必要があります。これについては企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」及びこれに対応する国税庁のウエブサイトとして「会計処理基準の変更・過去の誤謬に係る税務処理について」の問8の記載があります(法人税等の確定申告は確定決算主義になっていますので過去の決算書の修正はできません)。
企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」は以下のURLです。
https://www.asb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/4/spc20260602_10.pdf
国税庁のウエブサイトの「会計処理基準の変更・過去の誤謬に係る税務処理について」は以下のURLです。
https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/hojin/111020/pdf/all.pdf
になります。
この経理を行うまでは税務署長は過去の粉飾決算により納め過ぎとなっていた法人税額を減額する更正処分を行いません(法人税法第129条)。特に、一定の条件の下では「仮装経理に基づく過大申告の場合の更正に伴う 法人税額・地方情人税額の還付請求書」を納税地の所轄税務署長に提出しなければなりません(法人税法第135条第6項)。「~しなければならない。」と規定している以上、この還付請求書の提出がないと利益を盛ったことより納め過ぎとなっている法人税額等は戻ってきません(平成21年4月1日施行の改正により追加されました)。
「還付請求書」の様式は以下のURLです(法人税法施行規則第60条の2)。
https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/hojin/010705/pdf/133-1.pdf
提出期限は次の事実(前記した一定の条件)があってから1年以内です(法人税法135条第4項)。
・更生手続開始の決定
・再生手続開始の決定
・特別清算開始の決定 等
尚、上記以外の場合には「還付請求書」の提出は必須条件ではありません。
これにより納め過ぎとなっている法人税額等の還付手続きが税務署長により行われることになります(法人税法第70条、第135条)。
税務署長が行う手続きとしては、
1 各事業年度の正しい所得金額で更正処分を行う(所得金額は減少します)。
2 但し、所得金額が減少したことにより生ずる納め過ぎの法人税額等はすぐには返しません。
3 納め過ぎの法人税額等については以下の手続きを行います。
・更正の日の属する事業年度開始の日前一年以内に開始する各事業年度
更正の日の前日までに確定している法人税額があるときは更正に係る納め過ぎの法人税額等のうち更正の前日
までに確定している法人税額等までの金額を還付します
→更正の日の前日までに確定している法人税額等が還付金額の上限
・内国法人の各事業年度開始の日前に開始した事業年度
更正により還付することとなる法人税額等の還付は行わず、各事業年度において生じた法人税額から控除する
→各事業年度において控除(相殺)するだけで還付は行わない
・更正の日以後以下の事実が生じたとき
更正に係る法人税額等が還付されます
残余財産が確定
合併(適格合併を除く。)による解散
破産手続開始の決定による解散
更生手続開始の決定
再生手続開始の決定
特別清算開始の決定 等
→法人の消滅・リセット等に該当するので還付する
・更正の日の属する事業年度開始の日から5年を経過する日の属する事業年度においても控除しきれなかったとき
控除しきれなかった法人税額等が還付される。
→5年間は特段の事情が無い限り還付されません。
実務上は・・・
法人税法ではこの様に規定されていますが、実務上この手続きが行えるかというとそう出来ない事例が多く見られます。その理由として、粉飾決算の総額ははっきりしているのですが、各事業年度別の粉飾決算の金額がはっきりしない場合が殆どです。各事業年度の決算修正仕訳で粉飾決算分とでも記載されている事例があれば分かりますが、そういった事例は殆んどなくありません。粉飾金額の確認については決算の基になった証憑類との検討が必要となりますが、先程記載したような事実(更生手続き開始等)が行われた時点で証憑類が散逸している場合が殆どです。また、各事業年度において粉飾決算の金額が分かる稟議書やメモ等は存在している事は殆どありません。粉飾決算を行った段階で当時の取締役等は詐欺罪や背任罪等に問われるため、自らの首を絞める様な記録は残していません。経理担当者も粉飾決算が行われている事が分かった段階で背任罪だけでなく、業績不振のため自分の給与の遅配・未支給等の恐れがあるため真っ先に退職してしまいます。この為、経理担当者が頻繫に退職していたりします。このような状況で継続的に各事業年度の粉飾決算の金額をメモしている等の事はしていません。また、顧問税理士も変更になっている場合が殆どですので、顧問税理士も各事業年度の粉飾決算の金額は把握していません。従って、「還付請求書」の提出が出来ない場合が生じます。
また、還付請求書の提出に伴って税務署長は更正処分を行うことになりますが、「更正の期間制限(国税通則法第23条:原則として法定申告期限から5年以内)」があり、「更正の期間制限」を越えた事業年度の納め過ぎとなっている法人税等は還ってきません。
以上の理由により粉飾決算により納めすぎとなっている法人税額等の全額が還付可能となる訳ではありません。
一般的にはこういった法人は遅かれ早かれ倒産してしまいます。こうなると先程記載したような事実(更生手続き等)が生ずる事になります。破産管財人等が債務整理に際して過去の「粉飾決算」を発見し、破産管財人と破産管財人が選んだ税理士が「粉飾決算」の後始末を行う事例が殆どです。
では、私が行った税務調査(仮装経理に基づく還付請求書の提出義務が規定されていない頃)では、
1 「更正の請求(国税通則法第23条)」は出せなかったので、最終事業年度において粉飾決算した総額を損金経理して「欠損金の繰戻しによる還付請求書(法人税法第80条)」を提出しました。当然、「欠損金の繰戻しによる還付請求」は認められません。また、各事業年度別に更正処分等を行う予定でしたが各事業年度の粉飾決算の金額がはっきりしないので更正処分が出来ませんでした。
2 粉飾決算を行った法人の経営陣はその後の事業再開を虎視眈々と狙っていて、ほとぼりが冷めた頃に別の法人を設立して事業再開を図るための資金を別途プールしている場合があります。破産管財人では簡単に別途プールされた資金を発見することは出来ないので、税務調査で別途プールされた資金を見つけてもらい債権者への配当の原資にしようと考えている・・・ その法人(複数です)は「うそ」の仕入や経費を計上したり、また、オフバランスで様々な債権を回収したりして経営陣が別途再興用の資金をプールしていました。
と言った事例がありました。
他の税法では
なお、これは法人税法等の規定であって所得税法及び消費税法には「粉飾決算」に関する規定はありません。各年分及び各課税期間について「更正の請求書」を基に「修正申告書の提出」及び「更正処分」が行われることになります。特に消費税等の申告書は法人税等の申告書作成の基となった総勘定元帳等から作成されることになりますので課税売上高、控除対象仕入税額の計算においても「粉飾決算」を考慮して作成しないと「粉飾決算」をしていることが発覚してしまいます。この為、消費税等も納め過ぎとなっている事例が多く見られます。
当事務所の方針
税理士は税理士法第45条によって「不真正な税務書類作成」が禁止されています。「不真正な税務書類作成」には「粉飾決算」も含まれています。当事務所では「粉飾決算」を依頼されもお受けできませんし、当事務所から「粉飾決算」を勧めることもありません。このため、当事務所ではこういった法人との関わり合いは原則としてお断りしています。