機会費用について
2026年04月20日 15:45
機会費用(Opportunity Cost)とは、時間の使用・消費の有益性・効率性にまつわる経済学上の概念であり、ある経済行為を選択することによって失われる、他の経済活動の機会のうちの最大収益をさす経済学上の概念である。ある経済主体が最大利益を生む選択肢以外を選択する場合、その本来あり得た利益差の分を取り損ねていることになるので、その潜在的な損失分を他の選択肢を選ぶ上での費用 (cost) と表現しています。また、会計学上では、経済主体(企業等)がある意思決定をしたために行えなかった投資機会のうち、得ることができなかった最大の利益額のことを言います。
実際に支払う費用(会計上の費用)ではなく、「もし別の選択をしていれば」という理論上のコストを指します。 失った(選択しなかった)他の選択肢から得られたであろう利益の価値のことを指します。この考え方は経済主体が経済活動を行う上での意思決定の判断基準として重要な考え方のひとつです。つまり、
· たら・れば」の価値: 「もしあの時、別の道を選んでいたら」得られたはずの利益。
· 目に見えないコスト: 会計上の帳簿には記載されないが、経済的には重要な費用。
· 意思決定の基準: 合理的な判断には、実際の出費+機会費用の合計で考える必要がある。
がポイントとなります。
機会費用を意識することで、リソース(時間や金銭)の最適な配分を決定し、より合理的な意思決定が可能になります。 特に新規事業を起こす場合やM&Aを行う場合等の判断基準として利用することがあります。後述しますが、一つの例として預金利率等と投下資本利益率との比較により投資を行うか否かの判断の参考にする場合等があります。
この機会費用の考え方が税法(特に法人税法)においてとられているのかを考察すると、法人税法第22条第2項における「無償の役務の提供」との間に関連性があるものと考えられます。法人税法第22条第2項では「益金の額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、資産の販売、有償又は無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受けその他の取引で資本等取引以外のものに係る当該事業年度の収益の額とする。」と規定しています。ここで言う「無償による資産の譲渡又は役務の提供、無償による資産の譲受け」等が益金の額に算入すべきである根拠として経済学や会計学の観点から見れば「機会費用」の考え方に基づき課税対象とすべきものと考えられます。
法人税法においてもこの考え方に基づいて課税を行った事例として「清水惣事案」があります。これは親会社が子会社に対して行った貸付について貸付金利息収入を徴収していなかったことに対して貸付金利息収入(受取利息)を計上すべきであるとして更正処分を行った事案であります。この判決は親子会社間での無利息貸付については法人税法第22条第2項に規定する「無償の役務提供は益金の額に含まれる」として同条の有効性を示したものとして、税務に関しては極めて重要な判決文として有名です。
その大阪高裁(昭和53年3月30日判決)において、
「金銭の無利息貸付がなされた場合、貸主はもとより利息相当額の金銭あるいは利息債権を取得するわけではないから、それにもかかわらず貸主に利息相当額の収益があつたというためには、貸主に何らかの形でのこれに見合う経済的利益の享受があつたことが認識しうるのでなければならない。 ところで、金銭(元本)は、企業内で利用されることによる生産力を有するものであるから、これを保有するものは、これについて生ずる通常の果実相当額の利益をも享受しているものといいうるところ、右金銭(元本)がこれを保有する企業の内部において利用されているかぎりにおいては、右果実相当額の利益は、右利用により高められた企業の全体の利益に包含されて独立の収益としては認識されないけれども、これを他人に貸付けた場合には、借主の方においてこれを利用しうる期間内における右果実相当額の利益を享受しうるに至るのであるから、ここに、貸主から借主への右利益の移転があつたものと考えられる。そして、金銭(元本)の貸付けにあたり、利息を徴するか否か、また、その利率をいかにするかは、私的自治に 委ねられている事柄ではあるけれども、金銭(元本)を保有する者が、自らこれを利用することを必要としない場合、少くとも銀行等の金融機関に預金することによりその果実相当額の利益をその利息の限度で確保するという手段が存在することを考えれば、営利を目的とする法人にあっては、何らの合理的な経済目的も存しないのに、無償で右果実相当額の利益を他に移転するということは、通常ありえないことである。したがつて、営利法人が金銭(元本)を無利息の約定で他に貸付けた場合には、借主からこれと対価的意義を有するものと認められる経済的利益の供与を受けているか、あるいは、他に当該営利法人がこれを受けることなく右果実相当額の利益を手離すことを首肯するに足りる何らかの合理的な経済目的その他の事情が存する場合でないかぎり、当該貸付がなされる場合にその当事者間で通常ありうべき利率による金銭相当額の経済的利益が借主に移転したものとして顕在化したといいうるのであり、右利率による金銭相当額の経済的利益が無償で借主に提供されたものとしてこれが当該法人の収益として認識されることになるのである。」(下線は引用者が挿入)
参照URL
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-22369.pdf
つまり、最低でも預金金利相当額の利益は得られるのであるから、これに相当する収益を機会費用として認識すべきであるという考え方が生じます。
この考え方に基づき従来(昭和の時代)は親子会社間の貸付利息の利率について10%(認定利息)であるとして修正申告書の提出を勧奨していましたが、バブル崩壊後の低金利時代についてはその企業の調達金利等を用いるようになりました。これは少なくともこういった金融取引について最低でも事業者には損失を生じさせない利率を採用するべきであるとの考え方に基づいています。また、従業員に対する貸付金利息の適用すべき利率については所得税法基本通達36-49において、
「使用者が役員又は使用人に貸し付けた金銭の利息相当額については、当該金銭が使用者において他から借り入れて貸し付けたものであることが明らかな場合には、その借入金の利率により、その他の場合には、貸付けを行った日の属する年の租税特別措置法第93条第2項《利子税の割合の特例》に規定する利子税特例基準割合による利率により評価する。」(下線は引用者が挿入)と規定しております。
なお、従来の法人税法の判例解説の考え方では以下の考え方(概略)の記載があります。考え方の詳細は各判例解説等を参照してください。今回の「機会費用」の考え方についてはあくまでも「清水惣事案」を経済学的見地からの見た場合であり、判例解説等での従来考え方を否定するものではありません。
有償取引同視説(二段階説)
無償譲渡または無償役務の提供を、有償により譲渡または提供すると同時に、その受領した代金を相手側に贈与したものと看做す考え方です。私が昭和の時代に税務大学校において受講した研修においてはこの考え方の説明がありました。
同一価値移転説
利益を受け取る側から問題をみるものであり、たとえ有償譲渡又は有償提供の可能性がない場合であっても、利益を受ける側にとって、例えば時価相当分又は利息相当分の利益を常に受けるわけであるから、それに見合う 収益の発生を肯定することになるのであろうという考え方です。
適正所得算出説
収益とは、外部からの経済的価値の流入であり、無償取引の場合には経済的価値の流入がそもそも存在しないことから、この規定は、正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持し、同時に法人間の競争中立性を確保するために、無償取引からも収益が生ずることを擬制した創設的規定とする考え方です。
実体的利益存在説
主に無償取引や低額譲渡における法人税務において、表面的な対価の有無にかかわらず、経済的な価値(実体的利益)が移転した時点で課税所得(益金)が発生しているとみなす考え方です。経済的実質を重視し、適正な税負担を目指す理論です。
無限定説
法人税法上、すべての無償取引(資産の贈与や役務の無償提供)について収益(益金)を認識すべきとする考え方です。適正な対価で取引を行った者との公平性を保つため、無償取引の規定に制限を設けるべきではないという考え方です。
所得構成説(確認的規定説)
無償取引でも、その背後には時価相当の経済的利益の享受があるはずであり、22条2項はそれを確認したに過ぎないとする考え方です。
(注) 文中に具体的な企業名が記載してありますが、判例解説等のウエブサイトにおいても企業名が明示されているため企業名を記載しました。